58歳の転職~常任指揮者の話~

ライフステージが変わると楽器を続けられなくなることもある、という話は前々回の記事でもしました。
社会人でライフステージの変化といえば、具体的には転職・転勤、結婚・出産などでしょうか。

結婚もある意味賭けみたいなところありますが、転職だってそうです。実際に入ってみないとわからないことは沢山あります。
環境を変えるのはエネルギーの要ることで、若いうちなら「まだまだやりなおせる!」と希望も元気もあふれていることでしょうが、年齢を重ねるとなかなか難しくなるものです。

よこはま吹奏楽団常任指揮者の足立先生は、よく「おれはもう生きてきた時間より残りの時間のほうが短いからさ〜、皆は未来があっていいね、キラキラしてるよね」などと笑いながら言ってます。

そんな足立先生に今、大きな転機が訪れました。
今回は、ご本人に許可をいただいたうえでその話を書かせていただきます。
(練習風景の写真をまじえながら・・・)

みなさん、想像してみてください。
58歳にして転職するということを。

58ですよ?

58で試験や面接を受けるんですよ?
新しい世界へチャレンジするということです。
バイタリティがなくてはなかなかできることではありません。

このホームページ「楽団について」の指揮者紹介が変化していたことはご存知でしょうか。
そう、先生の現在の職業が変わったのです。

令和4年4月より横浜市消防音楽隊 常任指揮者就任

 

令和4年4月より横浜市消防音楽隊 常任指揮者就任

なんと、職業=指揮者 になったのです!Σ(゚Д゚)
おめでとうございます!!!

足立先生Historyは、前に団員に話してくれたことがあったのですが・・・
チューバ奏者としてプロを志し音楽大学へ入学するも、入学してみたらまわりが皆自分より遥かに上手な人ばかりで戦慄したのだとか。
在学中はもちろん諦めずにがんばって練習しましたが、卒業の頃になると「楽器で食べていくのは厳しいだろう」ということで、周りの人の勧めもあって教員になったそうです。

(なにかに注目する打楽器の図 ↓)

(教員になるつもりは全くなかったんだけどなぁ・・・)と、複雑な想いではじめたという教員生活。
その中で吹奏楽部の顧問をするようになり、吹奏楽連盟でも役職を担うように・・・。

吹奏楽部の顧問は部活の運営も大変ですが、指揮をする場合はその勉強も大変です。きっとはじめは手探りだったと思われます。しかし、そこから十数年経ち「コンクールで結果を出す部活の顧問」と周りから期待されるような存在になったとき、おそらく先生には純粋に音楽を楽しめないほどの苦労があったのだと思われます。
一時期は吹奏楽に限らず音楽自体を聴くことも嫌になったそうです。

そこから色々あり・・・現役吹奏楽顧問から離れ、副校長先生になりました。

学校の管理をする立場も苦労が多いだろうことは容易に想像できます。
ただ、現役吹奏楽顧問を離れても一般吹奏楽団体のほうでは指揮を続けてくださっていました。(よこはま吹奏楽団でも)

そしてまた色々と・・・本当に色々とあったようで・・・
(そこは割愛)

このたび、めでたく転職となりました!!!ワ~~~\(^o^)/

学生の頃に志したプロは「チューバ奏者」としてだったかもしれませんが、「指揮者」という違う形で音楽の仕事ができることに、先生は喜んでいます。

指揮者として転職が叶ったのは、教員という仕事の中で吹奏楽部の顧問としてずっと経験を積み重ねてきた結果なのでしょう。

まだ転職されたばかりで、実際に指揮者デビューするのは少し先のようですが、そのお姿を拝見するのはとても楽しみです。
これから色々とご苦労もあるかと思いますが、よこはま吹奏楽団の団員は応援しています!

そして5月は先生のお誕生日を迎えます。
59歳になる先生の新たな一年が素敵なものになりますように!

 

~おまけ~

団長「先生、指揮者としてお仕事されるのであればこんな一般吹奏楽団なんて指揮してる場合じゃないのでは?本当に大丈夫ですか?ご迷惑ならすぐおっしゃってくださいね・・・」
足立先生「まあ、先のことはわからないけど…コッチは趣味だから楽しくやるよ」

と言いながら練習では全力でいい音楽を作ろうと手を抜かない先生です。

第七回定期演奏会もどうぞお楽しみに!